夢に向かって進む友人を見て、立ち止まっている自分を感じた日

かんなろ
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こんにちは、かんなろです!

最近、久しぶりに友人と会いました。
私より3つ年上で、今年40歳になる人です。
最後に会ったのは台湾旅行に一緒に行った2年前。

それ以来、連絡すらも取ってなかったのですが、今回久しぶりにランチに誘ったらすんなりOKしてくれて、縁が切れてなかったことにホッとしました。
久しぶりに聞いた近況は、想像以上にアクティブで刺激を受けました。

ワイン関係の仕事をしたくて、転職したところまでは知っていたのですが、どうやら年内に海外へ行く予定を立てているそうです。
数年経験を積んでから帰国して、自分で事業を起こす夢があり、今まさにその夢のために行動している最中でした。

お金や語学の不安もあると言いながら、それでも前を向いて計画を立てている姿が、とてもキラキラして見えました。

話を聞いているうちに、素直に「すごいな」と思う気持ちと同時に、なぜか胸の奥が少しざわついていることに気づきました。

私は20代で、やりたいことをひと通りやりきった感覚があります。
海外で働いてみたり、ヨーロッパに住んでみたり、一人で周遊してみたり。
だからこそ、30代になった今、大きな夢や明確な目標を持っていません。

そんな今の自分の状況を「余りの人生みたいだな」と感じてしまう瞬間があります。

夢に向かって進む友人を見て、自分は立ち止まっているように感じた日。
この記事では、そのときに浮かんだ正直な気持ちと、今も考え続けていることをそのまま書いてみようと思います。

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夢に向かって進んでいる人は、やっぱり眩しく見える

友人の話を聞いていて、一番強く残った感情は「眩しい」というものでした。

40歳になってから、海外で修行する計画を立て、事業を起こすことも視野に入れている。
準備もまだまだだし、不安だらけと言いながらも、それでも前に進もうとしている姿が、とてもまっすぐで、かっこよく見えました。

その姿を見て、「すごいな」「尊敬するな」という気持ちは、間違いなく本心です。
年齢を理由に諦める人も多い中で、自分の夢のために時間もお金も使う決断をしていること。
その覚悟や行動力は、素直にかっこいいと思いました。

同時に、自分には今、そこまで強く語れる夢がないこともはっきりと意識させられました。
夢に向かって進んでいる人を目の前にすると、自分は止まっているような感覚になります。

比べるつもりはなくても、勝手に比べてしまう。
相手を下げたいわけでも、自分を責めたいわけでもないのに、ただその差を感じてしまう自分が嫌でした。

きっと、こういう感情は誰にでもあるものだと思います。
眩しく見えたのは、相手が輝いていたからだけじゃなく、自分が今、足を止めているように感じていたからなのかもしれません。

私は20代で、やりたいことをやりきってしまった感覚がある

正直なところ、私は20代の頃に「死ぬまでにやってみたい」と思ったことを、ひと通り経験してきた感覚があります。

海外で働いたり、知らない土地で暮らしてみたり、冒険のようにヨーロッパを1人で周遊したり。
不安も多かったけれど、あの頃の自分なりに、ちゃんと挑戦してきたと思っています。

だから、「あのとき別の選択をしていればよかった」と後悔しているわけでもありません。
むしろ、やりたいことを我慢してきた感覚はなくて、「あれはあれで、よかった」と思える過去です。

ただ、その反動なのか、30代になった今、改めて大きな夢や目標を描こうとすると、少し戸惑ってしまう自分がいます。

20代の頃のように、
「とにかくやってみたい」
「今しかないから行く」
そんな衝動は、もうありません。

それを成長だと思うこともあれば、どこか勢いを失ったように感じることもあります。

友人の話を聞いて感じた違和感の正体は、「自分にはもう夢がない」という事実そのものより、一度やりきった感覚のあとに、次の目標が見つかっていない状態なのかもしれません。

やりたいことをやりきった先に、こんな空白の時間が来るなんて、20代の頃は想像していませんでした。
でも今は、この感覚も含めて、今の自分なのだと思っています。

目標がない30代は「停滞」なのかもしれないと思ってしまう

友人の話を聞いたあと、しばらくその感覚が頭から離れませんでした。

  • 何かを始めなきゃいけない気がする
  • 目標を持たないまま年齢を重ねていくのは、どこか空しいような気がする

そんなふうに考えてしまうのは、きっと私だけじゃないと思います。

周りを見渡せば、夢に向かって動いている人、キャリアを積み上げている人、明確な目標を持って進んでいる人が目に入る。
そういう姿を見るたびに、自分だけが取り残されているような感覚になることがあります。

実際には、何もしていないわけじゃない。
日々の生活を回して、働き方やお金のことを考えて、これからどう生きていくかを、ずっと考え続けている。

それでも、「夢」や「目標」という言葉に当てはめると、今の自分は何も持っていないように見えてしまう。
ただ目標や夢なく、通り過ぎていくだけの日々を「停滞」と感じる。

でも本当に、目標がない30代は、停滞なのでしょうか。

無理に何かを掲げて、自分の気持ちが追いついていないまま前に進むことだけが、「ちゃんと生きている」状態なのか。
そう考え始めると、焦りと同時に、少しだけ違和感も残りました。

私は今、止まっているのかもしれない。
でも同時に、どこに進むかを慎重に考えている途中なのかもしれない。

その境目が分からないまま、今日も「停滞している気がする自分」と向き合っています。

夢や目標は、無理やり作るものじゃないと思っている

焦りを感じる一方で、心のどこかではずっと思っていることがあります。
夢や目標は無理やり作るものじゃない、ということ。

「目標を立てたほうがいい」
「何か一つ、夢を持ったほうがいい」
そんな言葉を聞くたびに、分かってはいるけれど、しっくりこない自分がいました。

もし今、「夢を持たなきゃいけないから」という理由で何かを掲げたとしても、それは本当に自分の気持ちから出たものではない気がします。
まるで仕事のタスクみたいに追いかけるものではないと思うんです。

前向きに見せるための目標。
停滞していないと思われるための夢。
そういうものを無理に持ってしまったら、かえって自分を置き去りにしてしまいそうで。

友人の夢が眩しく見えたのは事実です。
でもそれは、
「私も同じような夢を持たなきゃいけない」
という意味ではないとも思っています。

今の私は、心から「これをやりたい」と言えるものがまだ見つかっていません。
それを、なかったことにしてまで前に進もうとは思えないのです。

夢や目標は、作ろうとして作るものではなく、時間をかけて、生活や気持ちの中から自然と浮かび上がってくるものなのかもしれません。

だから今は、焦りながら何かを探すよりも、「まだ見つかっていない自分」をそのまま受け止めていたい。
そう思っています。

夢がないことへの不安と同じように、お金の不安も「消そうとしても消えないもの」だと感じています。
その理由については、こちらで詳しく書いています。

合わせて読みたい
お金の不安が消えない理由|30代女性のリアルな本音
お金の不安が消えない理由|30代女性のリアルな本音

停滞しているように感じるけど、何も考えていないわけじゃない

自分では停滞しているように感じていても、本当に何もしていないかと言われると、そうではない気がしています。

毎日、働き方のことを考えている。
お金のこと、暮らしのこと、これからどう生きていきたいかということを、形にならないまま、ずっと考え続けている。

誰かに話せるほど整理されていないし、「これが目標です」と言えるほどはっきりしたものでもない。
だから外から見れば、何も変わっていないように見えるのかもしれません。

でも、何も考えていないわけじゃない。
むしろ以前よりも、自分にとって何が負担で、何を大切にしたいのかを真剣に考えるようになっています。

20代の頃は、勢いで動けた部分が大きかったけれど、今は簡単に動けない分、選ぶことに慎重になりました。

それを「動けなくなった」と捉えることもできるし、「立ち止まって見直している」と捉えることもできる。

どちらが正しいかは分かりません。
ただ、今の私は、立ち止まりながら考える時間を必要としている気がしています。

すぐに次の夢が見つからなくても、はっきりした答えが出なくても、この時間が無駄だとは思えません。
停滞しているように見える今も、内側では確実に、何かが動いている途中なのだと思います。

今は「次の夢の準備期間」なのかもしれないと思うこともある

はっきりした夢も目標もない今の状態を、ずっと「空白」や「停滞」だと感じてきました。
でも最近は、少しだけ違う見方もできるようになってきています。

もしかしたら今は、次に何かを始めるための準備期間なのかもしれない、という考えです。

20代の頃のように、勢いだけで動くことはできなくなった。
その代わり、自分にとって何が無理で、何なら続けられそうかを以前よりもよく分かるようになりました。

夢がまだ見つからないのは、何も感じていないからではなく、ちゃんと考えている途中だからなのかもしれません。

名前のついていない気持ち。
まだ言葉にならない違和感。
それらを無視せずに抱えたまま過ごす時間も、きっと無駄ではないと思っています。

友人も夢が明確になり始めたのは3年くらい前からだと話していました。
それまでは、私と同じようにはっきりとした夢に向かっていたわけではなく、日々をなんとなく過ごしていたんだそうです。

いろいろなきっかけや縁があって、私たちの考え方や環境は変わっていきます。
今はまだ、「これだ」と言えるものがなくても、焦る必要はないのだと思います。

さいごに

夢に向かって進む友人を見て、立ち止まっているように感じたあの日。

羨ましいと思う反面、私も頑張ろう!という気持ちになりました。
実を言うと、昨年、私は1回しか友人と遊んでなかったんです。
365日もあったのに、1日だけです。
年末に振り返った時に、その事実に気が付いて愕然としました。

道理で昨年は「何もなかったなー」と退屈に感じたわけです。
今年はもっと積極的に人に会って、いろいろな場所に行って、刺激を受けていこうと思います。
そして、今回の友人に会ったわけですが、さっそくいい刺激を受けることができました!

目標に向かって頑張っている人は、ポジティブなエネルギーを発しているので、こちらも影響を受けやすいんです。
人と会うのは大事だなと改めて感じました。

羨ましさや焦りを感じてもそれは悪いことではありません。
そして、そんな風に感じたのは自分が何もしていないからではなく、これからをどう生きるかをちゃんと考えている最中だからかもしれない。

目標がない30代は、必ずしも停滞ではない。
無理に夢を作らなくても、考え続けている時間そのものに意味がある。

今はまだ答えが出ていなくても、この時間があったからこそ見えてくるものが、きっとあるはずです。

同じように、夢や目標がなくて不安になっている人がいたら、「こんなふうに感じている人もいる」と少し安心してもらえたらうれしいです。

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愛犬とまったり暮らしたい独身女
わんこと暮らす30代派遣社員。わんこのそばで働ける未来を目指して、副業&在宅ワークにゆるッと挑戦中🐶✨
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