「体育会系が無理」と感じるあなたへ|疲れやすさには理由がある
こんにちは、かんなろです!
今までいろんな職場を転々としてきた中で圧倒的に心のストレスが大きかったのが、体育会系の職場でした。
どこの職場にも多少の不満はあるものです。
業務内容、人間関係、仕事量など全てが自分にとって理想的な職場はなかなか見つかりません。
その中でも、我慢できるものとできないものがあります。
私にとって我慢できないのが体育会系の職場環境でした。
体育会系の職場に入ると、仕事が始まる前からどっと疲れる感じがありました。
声の大きさ、ピリついた空気、スピード感。
何もしていないのに、ずっと気を張っている感覚が抜けない。
仕事に集中したいのに、上司の機嫌や休憩中の雑務対応などで集中力や精神力が削られる感覚が私には合いませんでした。
体育会系の職場には、合う人と合わない人がいます。
この記事では、「なぜ私は体育会系の職場に疲れやすいのか」その理由を、感情ではなく構造として言語化していきます。
「私がダメなんじゃなかったんだ」そう思えるヒントになればうれしいです。
体育会系の職場に入ると、なぜか常に緊張してしまう
体育会系の職場に入ると、仕事が始まる前から、なぜか体がこわばっている。
特別なトラブルがあるわけでもない。
誰かに怒鳴られたわけでもない。
それなのに、肩に力が入り、呼吸が浅くなっている。
この「理由の分からない緊張感」は、決して気のせいではありません。
音・スピード・圧が常に神経を刺激する
体育会系の職場は、声が大きく、動きが早く、空気がせわしないことが多いです。
- 返事は大きな声で
- 即レスが当たり前
- 常に誰かが急いでいる
こうした環境では、自分の仕事に集中したくても周囲の刺激が途切れません。
人は本来、刺激が多い状態が続くと、無意識に身を守ろうとして緊張してしまうそうです。
「ちゃんとしなきゃ」
「遅れないようにしなきゃ」
そうやって、体が勝手に“戦闘モード”に入ってしまい、心身が休まらない環境での作業になってしまいます。
何が起きるか分からない不安が続く
体育会系の職場では、予定通りに進まないことが当たり前だったりします。
- 急に仕事を振られる
- さっきと違う指示が飛んでくる
- 「今すぐお願い」が多い
こうした環境では、常に「次は何が来るんだろう」と身構える状態になります。
私は、仕事を振られたら納期や作業の難易度などを考慮して優先順位をつけて、間に合うように予定を立ててから取り組みます。
でも、ルールを無視して突発的に急ぎの仕事を振られるとその度にスケジュールを調整し直さなくてはいけないし、納期に間に合わないかもしれないという不安が膨らんで心臓がバクバクしてしまいます。
この予測できない状態が続くこと自体が、私にとって大きなストレスとなって、結局長く続けることができなくなります。
考えてから動きたい人ほど、この不安は強くなるようです。
ミスを許されない空気がさらに緊張を強める
体育会系の職場では、スピードが重視される一方で、ミスには厳しい空気が流れていることもあります。
- できて当たり前
- 言われなくても分かるでしょ
- 失敗=気合が足りない
無茶振りされてなんとかそれに応えようと必死に取り組んでも感謝はされないし、記載漏れで確認しに行ったら「それくらい書かなくても分かるでしょ」という対応をされたり、やりがいどころか不満ばかりが募ります。
そして、ミスした時だけ「何でできないの?」と強く責められる。
こんな雰囲気の中では、「間違えないように」という意識が強くなりすぎて、余計に体がこわばってしまいます。
緊張しやすいのは真面目に向き合っている証拠
ここで大事なのは、緊張しやすい=弱い、ではないということ。
むしろ、体育会系の職場でそういった緊張を感じる人は
- 周囲をよく見ている
- ちゃんと合わせようとしている
- 責任感がある
といった人が多いそうです。
確かに私も、どちらかといえばサポートする役割の方が好きで、
「これをやっておいたら次にやる人が楽になる」
などを考えて動くことが多いです。
つまり、体育会系の職場で緊張してしまうのは、合わない環境で、真面目に頑張ろうとしているからなんです。
「空気を読む」ことにエネルギーを使いすぎている
体育会系の職場で特に疲れてしまう理由のひとつが、自分でも気づかないうちに、空気を読み続けていることです。
何か特別なことをしているわけじゃない。
ただ、その場にいるだけ。
それなのに、なぜか一日が終わる頃には精神面の消耗が大きい。
その正体は、「空気読み疲れ」です。
人の感情を無意識に拾ってしまう
- 誰かの声が少し強いだけで、「機嫌が悪いのかな」と感じてしまう
- ピリッとした言い方をされると、「私、何かまずかった?」と頭の中で反省会が始まる
- 大きな声や強い言葉に過剰に反応してしまう
こんな経験はありませんか?
体育会系の職場は、感情が表に出やすい文化です。
- 忙しいと口調が荒くなる
- イライラがそのまま空気に出る
- 強い言い方が“普通”とされている
この環境では、感情に敏感な人ほど、周囲の変化を全部拾ってしまいます。
「今日は○○さんの機嫌が悪そうだから、タイミングを考えて仕事の質問をしないと」
など業務以外で気を使う場面が多くなります。
自分が原因じゃなくても責任を感じてしまう
体育会系の職場では、誰かが焦っていたり、怒っていたりすると、その空気が一気に全体に広がります。
自分と関係のないことでも、
「私がもっと気をつけていれば…」
そんなふうに、自分のせいにしてしまう癖が出てきます。
私は派遣先の職場で休憩時間中に上司が部下に説教をしている場面に同席せざるを得ない状況がありました。
休憩場所が自分のデスクだったのと、上司の席がすぐ前にあったので必然的に私も一緒に説教を聞くことに。
「何でお前はそんなに仕事が覚えられないんだ?かんなろさんは入社して3カ月で一人で仕事やってるだろ?お前は入社して半年なのに何やってるんだ」
みたいな説教で、途中私にも話を振られたりして結局昼休憩の1時間は全て説教を一緒に聞く時間となりました。
私が説教の引き合いに上げられて叱られている部下の人に申し訳ない気持ちが出てきて、しばらく気持ちが重かったのを覚えています。
私が悪いわけではないのですが、なんとなく申し訳ない気持ちになりました。
「気にしないようにする」は、ほぼ無理
よく言われるのが、「そんなの気にしなかったらいいじゃん」という言葉。
でも、空気を読むことが癖になっている人にとって、気にしないようにする=性格を変えるようなものです。
- 感じ取ってしまう
- 考えてしまう
- 先回りしてしまう
無意識にやってしまうことなので、もはや努力ではなく、反射のようなもの。
やめようとしても、簡単にはできません。
空気を読む力は、環境次第で“強み”になる
空気を読む力そのものは、本来とても大きな強みであることがほとんどです。
- 丁寧な対応ができる
- トラブルを未然に防げる
- 周囲とのバランスを取れる
ただしそれは、落ち着いた環境でこそ活きる力。
体育会系のように刺激が強すぎる場所では、その強みが一気に“消耗ポイント”に変わってしまう場合があります。
スピードと根性を求められると、思考が止まってしまう
体育会系の職場でよくある空気が、
「とりあえずやってみて」
「考える前に動こう」
「スピードが一番大事」
といった文化。
この価値観と合わないと感じる人ほど、なぜか頭が真っ白になってしまう瞬間が多いそうです。
考えてから動きたいタイプほど焦りが強くなる
本来落ち着いた環境で働く方が合っている人は、以下のような考えで仕事をします。
✅全体を把握してから動きたい
✅一度整理してから手をつけたい
✅ミスを減らしたい
でも体育会系の職場では、そういったことよりも「早さ」が最優先されます。
次にどうするかを少し考えているだけで、
「まだ?」
「何してるの?」
と急かされる。
任されているタスクがどんどん多くなってきて、一度整理して取り組みたいのに急かされてしまうとキャパオーバーで思考停止してしまう人もいます。
私もどちらかと言えばそういうタイプでした。
人は、強いプレッシャーの中では、本来の思考力を発揮しにくくなります。
- 間違えたら怒られる
- 遅れたら迷惑をかける
- 期待に応えなきゃいけない
こうした気持ちが重なると、「正解を選ぼう」とするほど、逆に何も選べなくなってしまいます。
雑さが許される文化についていけない
体育会系の職場では、
- 多少のミスは勢いでカバー
- 後で直せばOK
- 完璧よりスピード
こうした考え方が強いところもあります。
それが自分と合っていれば問題ないのですが、合わない人からするとしんどい環境になります。
私の場合、仕事は
- できるだけ丁寧にやりたい
- 後で修正する二度手間を減らしたい
- ルールをきちんと守って取り組みたい
といった気持ちが強いです。
体育会系の職場でこういった姿勢で仕事をしていると
「適当でいいからもっと早くして」
「とりあえず先にやって」
と言われることが多く、地味にストレスになります。
この価値観の違いは簡単に埋まるものではありません。
思考が止まるのは能力不足ではない
体育会系の職場でスピードと根性を求められると思考停止になるのは、あなた自身の問題ではありません。
- 考える力がある
- 慎重さがある
- 丁寧に進められる
そうした力が、体育会系の環境では活かされにくいだけ。
場所が変われば、その思考力が強みになることがほとんどです。
実際、体育会系じゃない職場では私の働き方が評価されることが多かったので、本当に相性の問題なんだと痛感しました。
「ちゃんと休めない」ことが一番のダメージだった
今振り返ってみると、体育会系の職場で一番つらかったのは、仕事の内容そのものよりも、ちゃんと休めなかったことでした。
休憩中でも気が抜けない
体育会系の職場では、休憩時間と仕事時間の境界が、とても曖昧なことがあります。
- 休憩中に名前を呼ばれる
- 電話が鳴れば対応する
- 「ちょっとだけお願い」が普通
形式上は休憩でも、実際には仕事をしながらになることがほとんど。
私は休憩時間は完全にOFFモードにしたくて、できれば少し仮眠を取りたいくらいです。
他の職場ではそれが当たり前にできていたので、体育会系の職場になった時は本当にしんどかったです。
ただでさえメンタル消耗の激しい職場なのに、休憩時間ですら回復する間もないなんて私には耐えられませんでした。
「疲れが取れない」のは甘えじゃない
- しっかり寝たはずなのにだるい
- 休日に何かする体力が残ってない
- 退勤後にも仕事の不安が強くて疲れる
こうした状態になると、
「ちゃんと休めてないのは自分のせい?」
と思ってしまいがちです。
でも実際は、回復するための条件がそろっていなかっただけ。
緊張が続く環境では、どれだけ休もうとしても、回復は追いつきません。
繊細な人ほど、回復に“静けさ”が必要
空気を読み、考えながら働く人は、心のエネルギーをたくさん使っているようです。
確かに、相手の気持ちや行動を考えながら仕事をすることは思った以上に疲れます。
相手に不便な想いをさせないように努力したり、迷惑がかからないように注意しながら取り組んだり、体力とかではなく精神的に疲労感が蓄積されます。
だからこそ、こういった仕事の取り組み方をする人は以下のような時間が必要になってきます。
- 静かな時間
- 何も求められない空間
- 誰にも気を遣わなくていい状態
こうした「何も起きない時間」が、心の回復には欠かせません。
体育会系の職場は、この“静けさ”が圧倒的に足りない場所なので、回復が全然できずボロボロになってしまいます。
休めない環境に長くいると、自分の感覚が分からなくなる
怖いのは、休めない状態が当たり前になること。
- どれくらい疲れているのか分からない
- 無理している自覚がなくなる
- 「まだいける」と思ってしまう
私も昔、そういった状態になったことがあります。
その時は、食事も流動食しか受け付けないし、偏頭痛で倒れたり、急に涙が止まらなくなったり、とにかく心身ともにボロボロになりました。
そうなってからでは、回復するのにかなり時間がかかってしまいます。
私は3ヵ月ほど仕事ができない状態になり、実家で休養しました。
もし、自分の感覚が分からなくなったら、それは危険サインだと思った方がいいでしょう。
体育会系が合わない=社会不適合ではない
ここまで読んで、
「やっぱり自分は弱いのかな」
と少しでも思ってしまったなら、いったんその考えを置いてください。
体育会系の職場が合わないことと、社会で働けないことは、まったく別です。
合わないのは「能力」ではなく「環境」
体育会系の職場で消耗しやすい人には、はっきりした傾向があります。
- 周囲をよく観察できる
- 空気や変化に気づきやすい
- 丁寧に進めたい
- 一人で集中する時間が必要
これらは、本来すべて仕事に活かせる力です。
ただし、スピード・根性・勢いが正義の環境では、それらの力が評価されにくいだけ。
完全に相性の問題です。
逆を言えば、丁寧な仕事が評価される職場では、体育会系の仕事のやり方はマイナスとなります。
つまり、体育会系の職場で消耗していた人は単に合わない場所にいただけなのです。
「できない人」扱いされやすい構造がある
体育会系の職場では、
- 早く動ける人
- 声が大きい人
- 自信満々に見える人
こうしたタイプが「仕事ができる人」と見なされ、評価されやすい傾向があります。
その結果、
- 慎重な人
- 静かな人
- 考えてから動く人
は、実力があっても過小評価されたり、仕事ができない人と見なされることがあります。
それを真に受けて、「自分はダメなんだ」と思い込んでしまう人が多く、自信を無くしてしまうことも。
環境が変わると驚くほど楽になることがある
体育会系で疲れ切っていた人が、
- 静かな職場
- 役割が明確な環境
- 電話や突発対応が少ない仕事
に移った途端、「え、仕事ってこんなに落ち着いてできるの?」と感じるケースは、珍しくありません。
誰しも適材適所があり、相性の良い環境であれば本来の力を発揮することができます。
合わない職場にしがみついていたのが馬鹿らしく感じたこともありました。
社会には、本当にいろいろな働き方があります。
✅体育会系で輝く人
✅文系的な調整が得意な人
✅理系的に黙々と進める人
どれが正解、という話ではありません。
ただ一つ言えるのは、合わない場所で自分をすり減らし続ける必要はないということ。
「向いていない」の気づきは前進のサイン
体育会系が合わないと気づけたことは大きな前進です。
私も30代になってから自分が体育会系の職場が合わないということに気づきました。
合う・合わないに気づくということは、
- 自分の特性を理解できた
- 次の選択肢が見えてきた
ということです。
これは今後の人生にも大きな影響を及ぼすことだと思います。
私がようやく気づいた自分に合う働き方
体育会系の職場で何度も疲れてきて、ようやく分かったことがあります。
それは、「もっと頑張れる場所を探す」よりも、「無理に頑張らなくていい環境を選ぶ」方がずっと大事だということでした。
静かな環境の方が集中できる
声が飛び交わない。
誰かに急かされない。
必要な会話だけがある。
そんな環境にいると、集中力は長持ちするし、メンタルも安定して、日常生活が送りやすいと感じます。
体育会系の職場では「遅い」「細かい」と注意されていた私ですが、静かな職場では「丁寧」「安定している」と評価されます。
役割がはっきりしていると安心して動ける
- 何をすればいいか分かる
- どこまでが自分の仕事か決まっている
- 突発対応が少ない
この条件がそろうだけで、私の緊張感は大きく下がります。
「いつ何を振られるか分からない」
「突発業務で予定が狂うかもしれない」
という不安がないことは、想像以上に心を楽にしてくれます。
電話や感情対応が少ないだけで疲れ方が変わる
体育会系の職場で一番消耗していたのは、仕事そのものよりも人の感情を受け止めることでした。
- 電話対応が少ない
- 怒号や強い口調がない
- 感情が飛び交わない
それだけで、一日の終わりの疲れ方がまったく違いますし、休みの日の気力も全然違います。
黙々と進められる仕事は私に合っていた
黙々と自分のペースで進められることが、こんなにも心地いいとは思いませんでした。
20代の頃は、自分に何の仕事が向いているのか分からず、いろいろな業界・職種に挑戦しました。
結局、30代になってからようやく「私は黙々と取り組む仕事が好き」ということが分かりました。
収入の夢が広がる営業職、お客様から直接感謝されるサービス業、の方が将来性があっていいなと思っていましたが、そういうのは向いてなかったようです。
そもそも私は、仕事に対してそこまで情熱があるタイプでもないということも自己分析をしていく中で気づきました。
「刺激がない=つまらない」ではなく、刺激が少ない=消耗しない。
この考え方が私にはしっくりきました。
さいごに
体育会系の職場に疲れてしまうのは、根性が足りないからでも、社会不適合だからでもありません。
それは、あなたの特性と、の職場の文化が合っていなかっただけ。
- 静かに考える力
- 丁寧に進める姿勢
- 空気に気づける感覚
それらは、本来仕事で活かせる能力であるはずです。
無理に体育会系の文化に慣れなくてもいい。
自分を削らなくてもいい。
自分と相性の良い場所を選べば、仕事はそこまで辛く苦しいものではありません。
もし今、「体育会系の職場がつらい」と感じているなら、それは逃げたいサインではなく、自分を守るための感覚なのかもしれません。
その感覚を、どうか大切にしてください。
